2016年5月15日

司馬遼太郎、没20年に思う


今日は司馬遼太郎記念館を訪ねました。来て初めて知ったのですが、没20年ということで色々イベントをしていて良いタイミングでした。そして同時に、もう20年なのか‥‥とため息をつきました。


もともと今日の目的は、難波神社で月に一回開かれるバザー『ぐりぐりマルシェ』でした。ジャムや果物、野菜をたくさん買い込み、さて、またいつものようにCat Cafe 鮪に行くか、と向かったはいいけれど、今日は16:30からだった!(まだ14:30)


で、そのまま小坂まで足を伸ばして神社を巡りつつ、前々から行ってみたかった司馬遼太郎記念館を訪れたわけです(公式サイト)。

入場料500円。この門を入ってすぐ右にチケットの販売機があります。英語やハングルも記載されており、そこにおられたボランティアの方に尋ねると海外から訪れる方も非常に多いのだとか。中で知りましたが、中韓はもちろんフランスやスペインでも出版されているのですね。

ちなみに自分と司馬遼太郎の出会いはかなり遅く、父親から『項羽と劉邦』を薦められて読んだのがきっかけでした。なお本作については登場人物の名前がことごとく覚えられず、ショックを受けたことが印象に残っています。だって漢字一文字とか多すぎ!

その後は『竜馬がゆく』にハマり、明治維新前後を題材にした作を次々と漁っていくことになります。『燃えよ剣』『翔ぶが如く』『坂の上の雲』『菜の花の沖』等々‥‥。


さて、記念館の中に入るとまず綺麗に管理された庭を通ります。目の前には司馬遼太郎が生前住んでいた家がそのまま保存されています。


書斎も、亡くなられたときそのままの状態で維持しているとか。ここから庭を眺めつつ、いくつもの名作を世に送り出してきたのですね。


庭を通り過ぎると、記念館入口への通路。没後の2001年に、安藤忠雄の設計によって建てられたものです。

中は1階ロビーと地下から2階まで吹き抜けの巨大な図書館。それと、地下の奥にドキュメンタリー映像などを見ることができる小さなホールがあります。非常にシンプルですが、この図書館が圧倒でした。中は撮影禁止ですのでパンフレットから。


↑これ、ほんの一部ですからね。片手一面を埋め尽くす故人の著作物。もう片手は、それらを記すために入手された膨大な数の辞典、資料‥‥。

かの名作『竜馬がゆく』を書くために、司馬遼太郎は古書街で資料になる本を買い漁ったそうです。その数、実に3千冊以上。その時期、古書街からは坂本竜馬に関する本が消え失せたとか。最終的に故人が資料として購入した本は4万冊に上るそうです。もうこの時点で人の業とは思えません。


そして資料館で購入した、この限定版エッセイ。文章そのものは長くはなく、(著作権的にどうなのかはわかりませんが)ググれば全文を載せたページがいくつもあります。
資料館の壁にもそのまま飾られていたので読んだのですが、最初の部分だけで泣きそうになりました。以下、そこだけ抜粋します。

 私は、歴史小説を書いてきた。

 もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。

 歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、

「それは、大きな世界です。かって存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」と、答えることにしている。

 私には、幸い、この世にすばらしいたくさんの友人がいる。

 歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。

 だから、私は少なくとも二千年以上の時間の中を、生きているようなものだと思っている。

この楽しさは――もし君たちさえそう望むのなら――おすそ分けしてあげたいほどである。


 ただ、さびしく思うことがある。

 私が持っていなくて、君たちが持っている大きなものがある。未来というものである。

 私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない。

 君たちは、ちがう。

 二十一世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがやかしいにない手でもある。


 もし「未来」という街角で、私が君たちを呼びとめることができたら、どんなにいいだろう。

「田中君、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている二十一世紀とは、どんな世の中でしょう。」

 そのように質問して、君たちに教えてもらいたいのだが、ただ残念にも、その「未来」という町角には、私はもういない。

 だから、君たちと話ができるのは、今のうちだということになる。

この後、人が世界とどう向き合うべきか、我々にどう考えて欲しいかが綴られており、その内容は自分の心にもストンと落ちるものでした。

彼は自分のドキュメンタリーの中で、著作はすべて22歳の自分に向けた手紙だ、と言っていました。戦争から帰ってきて、なぜこの国はこんなにも愚かになってしまったんだろう、昔の人はきっとこうではなかったはずだ。でないと、この国がここまで生きのこれたはずが無い。これが、司馬遼太郎が歴史というものに興味を持ち始めた最初だとか。

そしてそこから歴史を紐解き、調べ上げ、多くの『日本人』を描いてゆく。かつて日本にはこれほどの素晴らしい人々がいたんだよ。と、絶望と共に終戦を迎えた22歳の自分へと語り続けてきたのかも知れません。

司馬遼太郎は本人の予言通り、21世紀を目の前にした丁度20年前の1996年2月12日に亡くなります。享年72歳。


※これは Cat Cafe 鮪のベル太ン。

最後に、まだ司馬遼太郎に触れたことの無い方へのお奨め。
読みやすいものも読みにくいものもあるのですが、やはり『竜馬がゆく』『燃えよ剣』が良いと思います。どちらも坂本竜馬、土方歳三という、あまりにも魅力的な主人公達の青春ドラマとも言える物語です。
『竜馬がゆく』は新装版が文庫8冊、『燃えよ剣』は文庫で上下巻ですから、後者から入ると良いかも知れませんね。